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光嶋裕介×三島邦弘×大井実トークレポート(11月2日@箱崎店)

11月2日に箱崎店で開催した光嶋裕介さん、三島邦弘さんのトークショーの様子を、参加者の方がまとめてくださいましたのでこちらに掲載させていただきます。
(イベントページはこちら

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<ミシマ社創業10周年特別企画! >
光嶋裕介×三島邦弘×大井実トークショー
「これからの街」を考えよう  
〜建築・出版・書店、それぞれの視点から〜

日 時:2016年11月2日 (水) 19:00~21:00
会 場:カフェ&ギャラリー・キューブリック(ブックスキューブリック箱崎店2F)
出 演:光嶋裕介(こうしまゆうすけ/建築家)
     三島邦弘(みしまくにひろ/株式会社ミシマ社)
     大井実(おおいみのる/ブックスキューブリック)

(作成:西山健太郎さん)

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■はじめに

大井 本日は「ミシマ社創業10周年特別企画!」と銘打ったトークショーを開催いたします。ブックスキューブリックでの三島さんのトークショーは今日が3回目。じつは光嶋さんとは今日初めてお会いしたのですが、三島さんのご指名ということなので大変期待しております。いったん私は外しますので、まずは三島さんと光嶋さんのお二人でトークを展開していただきたいと思います。

 

■二人の出会い

三島 今回、大井さんに声をかけていただき、対談の相手方として誰を招こうかと思ったとき、真っ先に頭に浮かんだのが光嶋さんでした。光嶋さんの素晴らしいところは、ありとあらゆる人と共身体といいますか、一体化しちゃう。出会った人の良いところをどんどん自分の中に取り込んでいくところです。建築家としての活動の範疇にとどまらず、「スラムダンク」の原作者の井上雄彦さんの展覧会の特別ナビゲーターやアジカン(アジアン・カンフー・ジェネレーション)のライブのステージセット制作などのオファーを受けるなど、いままさに「駆け上がっている感」に満ちている人物です。その光嶋さんの、建築家としての技術だけではなく、他者の良いところに同化していく生き方を福岡の人たちにも知っていただきたいと思いまして、本日ゲストとしてお招きしました。

光嶋 建築家の光嶋裕介です。私の人生のターニングポイントは、何と言っても内田樹先生(※)の自宅兼道場である「凱風館」を設計させていただいたことです。私は1979年4月25日生まれで、30歳までには独立したいと考えていましたが、実際に独立したのは2008年10月15日。29歳6か月のときでした。内田先生であれば安藤忠雄先生のような高名な建築家に依頼されてもよろしかったのに、私のような未だ1つも建築設計をしていないような若輩者をご指名いただいたというのは大変光栄でした。合気道は未経験でしたが、1年かけて設計し、1年かけて建設した「凱風館」とそこに集まる人を見ているうちに合気道をやりたくなり、内田先生に弟子入りしました。

※内田樹 
1950(昭和25)年東京都生まれ。東京大学文学部仏文科卒。現在、神戸女学院大学文学部総合文化学科教授。専門はフランス現代思想。ブログ「内田樹の研究室」を拠点に武道(合気道六段)、ユダヤ、教育、アメリカ、中国、メディアなど幅広いテーマを縦横無尽に論じて多くの読者を得ている。

三島 私はミシマ社という会社をいまから10年前に東京の自由が丘で設立しました。内田先生の本も出版させていただいていて、ある日、内田先生からせっかく近くなんだから自分が通っている合気道の道場に来てみなさいと誘われました。内田先生が長年通っていらっしゃった道場が自由が丘にあったのです。そこで師範をされていたのが多田宏先生(※)でした。多田先生の稽古を見たとき、雷に撃たれたような衝撃を受けまして、これは絶対に入らないといけないと思いました。

※多田宏 
1929(昭和4)年東京に生まれる。昭和27年早稲田大学法学部卒業。合気道九段、(財)合気会本部道場、月窓寺道場師範、イタリア政府公認財団法人日本伝統文化の会=イタリア合気会創立者。早稲田大学合気道会、東京大学合気道気錬会師範、合気道多田塾を主宰。

光嶋 内田先生の先生である多田先生は、年に1度「凱風館」で稽古をされていて、初めて三島さんにお会いしたのはそのときでした。2011年だったと思います。そのときすでに私は三島さんが書かれた「計画と無計画のあいだ」を読んでいて、業界は違えど自分と同じ考え方の人がいるもんだと強い関心を抱いていて、ぜひ会ってみたい人の一人でした。それが二人の出会いであり、それから何年かして、三島さんのご自宅の設計をさせていただくことになります。

 

■三島邦弘邸「旅人庵」誕生秘話

三島 以前は家を持ちたいなんてこれっぽっちも思ったことがなかったんですが、子どもが生まれて、「やっぱり拠点がないと」という気持ちが強くなりまして、京都の北の方、北大路というところの築70~80年の古民家を購入しました。ただ、正直すごく住みづらかった。昔の家屋なので洗濯機は屋外に置くしかなくて、冬なんか雪が積もっているなか、洗濯するたびに外に出ないといけないのはかなりの苦痛でした。1年半くらい住んだところで光嶋さんにリノベーションを依頼しました。

光嶋 本当は家を買う前に相談してほしかったですね(苦笑)。三島さんのご自宅の第一印象は“個室群”でした。襖を開ければつながるんですが、部屋の一つ一つが独立している印象で、壁には断熱材も入っていないし、床のすぐ下は地面で湿気も多かった。そこで、部屋と部屋のゆるやかな関係性をつくる、ということに主眼を置いて設計しました。そういえば、一部天井を取っ払って吹き抜けにしましょうと提案して、模型まで作っていったんですが、三島さんがかたくなに拒否したんですよね。

三島 そうそう(笑)。

光嶋 それで工事が始まったとき、天井の一部が外れて外光が1階の室内に差し込んできた瞬間、「これです!こんな感じで部屋の中が明るくなりますよ」って言ったら、その場で「それじゃ、ぶちぬこう!」ってなったんですよね。

三島 そんなこともありましたね(笑)。リノベーションをするなかで、住みづらかった家の良さに気づかされることになります。柱の存在感とか、木という材質の素晴らしさとか。その時代における本当に上質な木材が普通の家にも使われていたのかと。そこに新しい木も入って、昔と今が共存する住まいになりました。

【参考】三島さんのご自宅=「旅人庵」
http://www.ykas.jp/works/detail.html?id=70
(光嶋裕介建築設計事務所ホームページ)

 

■空間やモノの生命力を感じる

光嶋 私は、少し先の未来を見ようとするなら、少し昔を見ることが大事だと考えています。新築でもリノベーションでも同じで。設計図面ができたらそれで終わりではなく、工事をしている途中で発見があれば、それを活かしていきます。建物を創り上げるなかでイメージが粘土のように変化していく感じ、それを大切にしています。大工さんにとっては相当大変ですけどね…(笑)。

三島 一つの発見を活かす、というところは光嶋さんの真骨頂ですね。

光嶋 図面を引いたら終わり、というのでは自分の中でなんだかとっても淋しいのです。終わってほしくないという願望。ガウディのサグラダファミリア聖堂も終わりがないですよね。それと似たような感覚でしょうか。

三島 確かにその感覚は解るような気がしますね。

光嶋 建築は物体=モノですが。モノにも生命が宿っていると思います。たとえば建物に使われている木が呼吸しているように。それに、生命力というのは反応しあいます。恋愛がまさにそうで、「ビビビッ」というやつです。人と人だけでなく、人と空間との出会いというのももちろんあります。たとえばこのブックスキューブリックは本屋さんだと思ってお店に入ったら、いきなりパンを売っていてとても驚きました(笑)。でもそこでパンが売られていることで、お店の空間に生命力が与えられていると思います。「説明不能、計測不能だけど大事なこと」というのがあって、そういったものは感じるしかないんです。空間を感じながら生きる、そして空間に依存しながら生きることに私は魅力を感じますね。

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■人と空間の関係性を感じる ~光嶋裕介著「これからの建築」~

三島 それでは、光嶋さんの最新刊「これからの建築」に込められた思いを伺いたいと思います。

光嶋 “衣食住”という言葉があります。生命を支えるもの、生命の根源ともいえる3つの要素ですが、社会を見渡してみると、“衣食”に比らべて“住”、すなわち家を話題にすることが極端に少ない。これって不健全だと思うんですよね。この本は人々にもっと家や建築のことを語ってほしい、という思いでつくりました。だから、なるべく建築関係のコーナーじゃないところに置いていただきたいです。難しいかもしれませんが…(笑)。また、この本は20年後の自分を意識して書きました。「20年前、自分はこんなことを考えていたんだ」と20年後の自分に投げかけたいという思いを込めて。

三島 光嶋さんが建築家として心がけていること、あるいは心にとめていることはありますか?

光嶋 さきほども触れましたが、ガウディの建築は「完成しない」がキーワードです。サグラダファミリア聖堂はその象徴でしょう。その辺に立っている木でさえ、完成はありません。動き続ける生命といったものをとらえて、それを建築に取り込んでいきたい。いわば「完成しない建築」のあり方を模索しています。

三島 「終わりがない」という感覚はよく解りますね。光嶋さんにリノベーションしてもらった今の家は、購入したての頃とは全然違ってて、「快適」という一言では片づけられないものがあります。「自分の家という空間にいる喜び」とでも言えばいいのか、建物と一緒に暮らしている感じが素晴らしいんです。

光嶋 私はある程度バッファーゾーン(※)を残しながら設計していきます。「僕だけ熱くならない」ということを意識するためでもありますが、クライアントとその建物の調和を図るという点からも重要だと思っていることです。そういった意味では、設計当初はかなり年上の方からの依頼が多かったのですが、「旅人庵」や「望岳楼」はクライアントが同世代だったこともあり、つくっていて面白かったですね。「人は空間と同化している。人は空間と関係し合っている」という考え方は常に持ち続けていきたいです。

※バッファーゾーン(Buffer Zone) 
後背地の環境保全のために道路や工場などの施設に沿って配置された緑地や工作物のこと。緩衝帯ともいう。また、地政学的には、大国や大きな文化の核に挟まれた諸国・地域のことを表す。 このような地帯を挟むことで、対立する国家間の衝突をやわらげる効果が期待できる。

【参考】望岳楼
http://www.ykas.jp/works/detail.html?id=71
(光嶋裕介建築設計事務所ホームページ)

 

■革命前々夜に思うこと ~ミシマ社の雑誌「ちゃぶ台 vol.2」~

光嶋 それでは次はミシマ社の雑誌「ちゃぶ台 vol.2」のお話を聞かせてください。

三島 光嶋さんの本の「建築」を「編集」に置き換えたら同じことを言っている本だと思います。第1号のテーマは「移住」でしたが、今号のテーマは「食と会社」。哲学者の鷲田清一先生いわく「カンパニー(company)の語源は、一緒に(com)パン(pan)を食べる、すなわち食を共にする」。なのに今は会社が変なことになっている。株主の方を向いて仕事して、利益追求が目的になっているんですよね。人が生き延びやすくするためにカンパニーを始めたのに…。いかなる生き物でも滅びずにどうやって生き延びていくのかが宿命です。その一つの結果が会社という形態だった。株主への利益還元のためではないのです。人間は原点を失って部分的に進化した生き物なのかもしれません。

光嶋 まったく同感です。

三島 実は、出版業界のある不条理が、10年前に私がミシマ社を立ち上げたきっかけの一つでした。出版業界では出版社と小売書店の間に取次会社という本の卸売りをする会社、いわば問屋さんが介在していまして、なんと、出版社は取次会社に本を売ると売上げが立つ(計上できる)、という仕組みになっています。まさに読者不在。本が伝達手段としてではなく、会社の売上げをつくる道具になっているのではないか?そういう疑問が生まれたのです。あらゆる業種で同じことが起こっているようで、「ちゃぶ台 vol.2」でインタビューをした複数の方が「会社がかなりおかしくなっている」「このままいくとやばいのでは」「ただ、そのまま落ちるしかないのでは?」ということをおっしゃっています。

光嶋 サブタイトルも印象的ですね。

三島 会社のあり方もそうですが、建設的な会話や議論を促すことを期待されてて日本に入ってきたネット社会も、ふたを開けてみれば、ネガティブな情報ばかり。日本人は一から考えを改めたほうがよいと思います。こうした状況を考えながら、編集をしていたところ、鷲田先生が言われる「静かな革命」という言葉が頭に浮かびまして、サブタイトルを「革命前々夜号」としました。過去の革命を見ても、革命前夜は日常と変わらないのです。ただ、私は革命を否定的にはとらえずに、その中で希望の種を見つけたいと思っています。もしかしたら今は戦争や大不況の前々夜かもしれない。ただ、自分に何が起きても、生きながらえることができるように準備をしておこう、そういう思いを込めました。

光嶋 カンパニーには“連れ”という意味もあり、家族とはまさに一緒にご飯を食べる集団ですからカンパニーの最たるものです。いろいろな人に育てられ、わからないことを聞きながら生きていく。そういう人を見つけながら生きていくのが人生であり、会社もある種家族の一つです。そう思うと家族を幸せにできない人は会社も幸せにできないのでは?会社が危ない、ということはひょっとしたら家族も危ないのでは?と思ってしまいます。

三島 たしかに家族というのは金銭的利害関係がない集団。自然発生的に動いている。

光嶋 昔は「向こう三軒両隣」というように地域で寄り集まって暮らしていて、誰も排除しなかった。今はネットが発達したり、物が簡単に手に入るようになったりして、みんな、「カンパニーなしでも生きていける」という勘違いをしているのではないでしょうか。

三島 東京以外の町でも深刻な動きが起こっている。職住一致ほど快適なものはありませんが、実際はそうでない人もたくさんいます。特に東京はしんどいですね。たくさんの人が神奈川・埼玉・千葉などから東京に働きに出てきていて、時間もお金も東京で消費されていて、住んでいる町に還元がない。経済とは経世済民の略ですが、特定の世界にだけお金が回って吸い込まれていくような感じは不自然ですし、サステイナブル(持続可能である状態)ではありません。その反動のような形として最近移住者が増えている周防大島とか、ひいては凱風館やミシマ社のようなスタイルが求められているのかもしれません。

 

■クオリティーを超えて

三島 ミシマ社は10周年を迎えるにあたり、「クオリティーを超える」というスローガンを社員で共有しています。結果的にクオリティーの高い本ができることは必要なのですが、その過程でクオリティー最優先にしないということです。「品質重視」と言って品質を常に追い求めることは、商品カタログの中で生活をするようなものです。常に比較や数値化が伴います。それより、クオリティー以上に、生物として訴えるものがあるのではないか?そう思うのです。

光嶋 確かにクオリティーの話でいうと、私はいま大学で教えていますけど、学生が作る模型のクオリティーが非常に高い。精度が高いので批判のしようがないのですが、建築としては全然面白くないです(笑)。学生が小器用になっている気がしますね。設計、いわゆるかっこいい模型はあくまで手段なんです。シャープな切れ味のナイフはあれば便利ですが、要はそれで何を切るかが大事。コンセプトや信念が大事であって、精度やクオリティには本質はないんです。

三島 抽象的な言い方になりますが、アイコンとしての個人ではなく、細菌としての個人でありたいと思っています。熊本で震災が起こったとき、震災前日にたくさん子どもが生まれているんです。大人の考えは小賢しいけど赤ちゃんにはそれがない。理屈では説明できませんが、“生物としての本能”で生まれてきたとしか言いようがないんです。

光嶋 クオリティーって一つの「ものさし」ですよね。私たちが今話しているのは「ものさし」をなくそう、ということでもあります。比べる必要がない。ただ時が流れてて、それを楽しむのも人生。私ごとですが、最近娘が生まれまして、生まれるまでは、自分がいろいろと教えてあげようと思っていましたが、娘から教えられることの方が圧倒的に多い。例えば、大人は言語を使いますが、赤ちゃんは非言語的対話をしている。それってすごいことですよね。

三島 まさに、大人になるということは進化ではなく退化だと言えますね。

光嶋 そうです。確かに「ものさし」はあると便利。つまり声は大きいことに越したことはないのですが、大事なのは話の内容です。別の言い方をすると、「ものさし」を疑いたいですね。自分の「ものさし」を疑うためには、自分と違う「ものさし」を持っている人と出会うことが大切だと思います。自分を変えてくれるのはいつも他人です。

 

■「Don't think. FEEL!」

三島 それでは、ここからは大井さんにも入っていただいて、3人で話を進めていきたいと思います。まずこれまでの話を聞いての感想をお聞かせいただけますか?

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大井 イタリアでは建築家のことをアルキテット(architetto)といいます。私の中でアルキテットには「分野横断的にいろいろなことをする人」というイメージがあり、あのミケランジェロも公園などの設計をしていたといわれています。光嶋さんとは今日が初対面でしたが、先ほど打合せをしている中でいろいろとこれまでの活動を伺って、真っ先にその単語が思い浮かびました。そして、お二人のやり取りを聞いていて、今日のトークショーの要点を一言でまとめると、ブルース・リーの名セリフ「Don't think. FEEL!」」ではないかと思いました。「考えるな!感じろ!」ですね。人間として生きていて楽しいのは「正解がわからない」というところだと思います。別の言い方をすると「物語を生きている」とでも言いますか。言語化できないもの、情緒的にこぼれ落ちるものを掴む。それが人間であり、人間として生きる醍醐味であると。「感じる」ことの大切さを私も思いますね。

光嶋 「わからないからいいこと」というのはあると思います。「わからなかったことをわかるようになる、知らなかったことを知る」喜びというのは人間ならではですよね。本でいうと、表紙の手触りなんかは数値化できませんが、手に取ったときのドキドキワクワク感のようなもの。これって大事ですよね。

大井 三島さんとは10年来のお付き合いになりますが、私は三島さんのことを「知的野蛮人」と呼んでいます。感性で生きていらっしゃいますよね(笑)。ミシマ社が出版した「小商いのすすめ」という本は「脱成長」時代のあるべき生き方を提示している一冊ですが、同じような趣旨で、鳥取県の智頭(ちづ)町という小さな町で「タルマーリー」という名前のパン屋を営む渡邉さんという方が書かれた「田舎のパン屋が見つけた『腐る経済』」という本が、いま韓国で大人気になっているそうです。韓国ではグローバル資本主義の倦厭感が半端なくて、その価値観からドロップアウトしたいという人が増えているんですね。日本でも同じような現象は起こりつつあると思います。

三島 「ちゃぶ台 vol.2」の中で、鷲田清一先生が一番嫌いな言葉は「地方」だとおっしゃっています。ほんとうは「ちほう」ではなく「じかた」と読むのが正しいのだそうです。生産の場が「地方(じかた)」でその生産物を流通させるのが「町方(まちかた)」。「地方(ちほう)」と呼ばれるようになった今では「中央」という言葉とセットで使われていて、完全に集権国家の上下構造の中に組み込まれているんですよね。「地方創生」という言葉がありますが、中央・地方と言っている限り、問題は解決しません。画一的な上下構造の中だけの話ですから。

大井 言葉というのは本当に面白いですね。

三島 言葉によって思考と行動が縛られる、という事例は多々あります。そうした意味でも、語源を探ることは非常に大事です。ちなみに、「革命」の本来の意味は文字通り命を革(あらた)めること。権力を倒すことではないのです。これからの時代は、個々人があるべき姿のイメージをしっかり持って、小さなことを積み上げていく。そしてお互いに影響を与えたり受けたりしながら進んでいくことで、人や町も将来のイメージが浮かび上がってくるのではないでしょうか。

光嶋 そういう意味では、「対話」は小さな革命だと思います。言葉をキャッチボールする中で気づきが生まれ、生きていくための唯一の手がかりが得られる。まさに、「Don't think. FEEL!」ですよ。

大井 当事者は革命が起こりそう、とか気づきませんよね。フランス革命前夜にバスティーユ監獄を襲撃した市民もまさか王政が崩れるなんて思っていなかったでしょう。まずは「feel」から入って理想像を描くことが大事だと思います。そのイメージを形にするのが「think」です。

今日は本当に素晴らしいトークショーになりました。ありがとうございました。

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