福岡・けやき通り & 箱崎の小さな本屋

Independent Small Bookstore in Fukuoka since 2001

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「手の間」 2006 vol.02

The master's interview 店主の思考 第1回 大井実さん ブックスキューブリック店主・福岡市

2001年、福岡市中央区けやき通り沿いに、わずか15坪の小さな書店が誕生した。 店名は『ブックスキューブリック(以下・キューブリック)』。 書店の大型化が進み若者の活字離れが嘆かれる中で、個人経営ながら多くのファンを獲得してきたキューブリックは、業界でも異例の存在。全国的な注目を集める町の本屋にとって、本とは、商売とは?

本は旅の道具。

本屋は旅への入り口。

新しい世界や見知らぬ人とつながり合える出会いがある。

小さな個人の世界が本によって拡張した。

 幼少の頃から「本が好き。でもそれ以上に本屋が好きだった」。キューブリック店主・大井実さんは福岡生まれの45歳。「小学生の夏休み、クーラーが効いた本屋のドアを開けた瞬間のヒヤッとした空気と活字と紙の匂いに、何ともいえないエクスタシーを感じていた」という。  中学・高校時代に読み込んだのは『新潮文庫の100冊』。「カフカの『変身』やカミュの『異邦人』など、現代社会を予見したような作品は今読み返しても面白い。古典なんだけど時代がかっていない、ニュースタンダードと呼びたい作品です」。時は’70年代後半、日本でもハリウッド発の大作映画が続々と封切られた頃。多感な大井さんがこれを見逃すはずもなく、高校時代は「授業サボって映画見て、放課後はラグビー部の練習に明け暮れていた」そうだ。  大学生活は一年間の浪人生活を経て京都で始まる。時代は80年代に突入、「小説だと村上春樹やカート・ボネガット、マガジンハウス系の雑誌もむさぼるように読みました。タルコフスキーの映画や英国のバンド、ザ・スミスと出会ったのもこの頃。重厚な歴史と高い美意識を持った京都の町も大好きでした」。  中学から大学にかけて広く深くに及んだ大井さんのカルチャー追及道。中でも本は特別な存在であった。「特に高校生の頃って何をやっても一人前じゃないからフラストレーションが溜まる。そんな時に自分の世界を拡張してくれたのが本だった。本は旅の道具であり、本屋は旅への入り口。今でもそう思っています」。

人生の転機はいつも人との出会いとともに。

 果てのない好奇心を持った若者は、社会に出てからも様々な人と出会い、いくつかの人生の転機を迎えてきた。  「大学卒業後は東京でファッション関連の企業に就職、海外ブランドのショーや展覧会といったイベントの仕事に携わっていました。バブルの頃で毎日がお祭り状態でしたが、徐々にその状況が奇妙に思えてきたので辞職。興味があったイタリアに渡ったんです」。そこで大井さんは北海道出身の彫刻家・安田侃氏と出会う。石工職人が多く暮らす小さな町で、安田氏は何万年も地中に眠っていた大理石を掘り出し、3~4mもあるもモニュメントを制作していた。「そのスケールや発想の大きさが、自分がしてきたバブルな仕事とあまりにも対照的で。すっかり打ちのめされました」。  「こういう仕事がしたい」と、その後の数年間は安田氏ら日本人作家の海外での作品展を営業面でサポート。が、ひょんな縁から大阪・河内地方にあるギャラリーの運営を任される。「河内は昔ながらの濃厚な地域文化が残っていて、個人商店の集まりから成り立っているような田舎の町です。ちょっとした買い物ひとつにも挨拶や会話が必要で、商売のあり方がオーダーメイド的。イタリアの町や商売に通じるところもありました」。本屋をやりたいと思い始めたのもちょうどこの頃。頭に描いたイメージは、イタリアや河内に根付いていたような“コミュニケーションのある店”だった。

畑のように耕しお客様と育む本棚。

 大阪でコミュニティの素晴らしさを実感した大井さんはその後、人との縁に導かれ戻ってきた福岡で暮らし始める。そして書店での1年間の勤務経験を踏まえ、2001年にケヤキが見守る道沿いにキューブリックを開く。  「めざしたのは、小さいながらも本格派の店です。一般的に個人経営の小さな書店は値段の張る在庫を避けるため雑誌やコミックの比率が高くなりますが、うちは単行本や写真集など単価の高い商品でも良いものは積極的に置いていく、発信型の本屋でありたいと考えました。限られたスペースなので量は置けませんが、ある程度こちらで本をピックアップして提案する方が、忙しい現代人にとっては親切だとも言えます」。  「品揃えはお客様の反応を参考に変えていきますから、うちの本棚はお客様に育ててもらっているものでもあるのです。また、本というのは置く位置や見せ方を変える『棚の循環作業』によっても売上が大きく変わります。どのくらいの頻度でどの本を動かすか、そのスピード加減は今でも難しい。どこか畑を耕す作業にも似ていますね。そう考えると本の仕事って農業的だといえるかもしれません」。  大井さんは本の可能性を信じている。そのうえで「本屋は儲からない」と笑い、「それでも続けていくことが大事」だと言う。「映画や音楽の業界と比べて、本の業界は売れる新刊にばかり気を取られ、かつての良書の再利用を怠っています。昔僕らが読んで感動した小説や雑誌の中には、今も古びない作品が山ほどある。こうした新定番を改めて探して、若い世代にも広める努力をしていくべきです」。  けやき通りには大井さんのように個人で頑張っている商店主が多い。「彼らとのつながりを大切に、文化的な刺激にあふれた町をつくっていけたら」。そう願う大井さんが仲間と本をテーマに企画したイベントが、11月に開催される。本との出会いの場が書店という箱を飛び出して、ストリートにあふれるという。道行く人をどのように刺激し、どんな旅へと連れ出してくれるのか。コミュニケーションの先に、きっと新しい世界が広がっている。