福岡・けやき通り & 箱崎の小さな本屋

Independent Small Bookstore in Fukuoka since 2001

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「論座」 2007年4月号

特集 それでも本屋が好きなのだ。

テイストの合う本を並べ地域を結ぶ手入れを怠らず、「棚を耕す」

ブックスキューブリック 大井実代表(45)

「キューブリック」は、映画『2001年宇宙の旅』の監督の名前です。オープンが2001年だったし、未来に向けての旅を連想してもらいたかった。「本は旅の道具、本屋は旅への入り口」と考えています。いろんなことが学べますし、自分の精神をも拡張してくれます。高校時代、バリバリの体育会系だったので、外の世界との出合いはもっぱら映画や本でした。それが自分の好奇心をグッと広げてくれたんだと思います。  開店前には4年ほどリサーチし、老舗書店でアルバイトをしたり関連した本を読んだりもしましたが、そのときにたまたまレイモンド・マンゴーというアメリカ人の『就職しないで生きるには』(晶文社)を思い出したんです。1960年代のカウンターカルチャーにどっぷりつかっていた筆者が、自分らしい生き方を求めて全米をロードムービーのように旅するドキュメントです。学生時代から20年ぶりに読んでみたら、彼は小さな町の本屋さんをやっているじゃないですか。「なんだ、同じようなことを考えていた人がいたんだ」みたいな。本ってやっぱり出合いであり旅みたいなものなんだと思えます。  本屋を開こうと思ったのは、以前イタリアで過ごした経験も大きいと思えます。20代の終わりに1年間住んだフィレンツェやローマのような町は、広場を中心に小さなお店や家々が連なり、いまもコミュニティーがしっかりと残っている。日本でも最近やっと地域を結ぶ商店の重要性が見直されていますが、「地域との結びつき」を大切にして個性を発揮できる店をやりたいと思ったきっかけになりました。  そのためにもお客さんからの注文は重要です。月平均約250冊の注文が入っています。店内に「大至急取り寄せます」と書いた紙を貼って、手数料を払うと3~4日で届けてもらえる取次店の別便をバリバリ使っています。注文は品揃えの参考にもなりますから、お客さんは棚づくりのパートナーですね。どんなすばらしい棚をつくっても、お客さんがついてきてくれなくては成り立ちません。地域ごとの特性もあります。注文がコミュニケーションのきっかけになりますし、自身も「あの本、面白かった」といった会話が一番楽しい。  店の前を通る、樹齢70年の並木が続く「けやき通り」一帯は、福岡の中心地、天神に隣接する地域で、住宅とオフィス、店舗がほどよく混在するゾーンです。都会の洗練された暮しに関心がある人が好みそうなテーマ、たとえば食やインテリアなどには力を入れています。大人がゆったりと本選びを楽しめる場所にしたかったので、コミックは置いていません。自分自身が、本好きという以上に本屋という空間が持っている雰囲気が大好きな人間だったので、スペシャルに居心地のいい本屋をつくりたかったんです。  文庫のコーナーを見ていただくとわかりますが、著者別に背表紙の色がバラバラに並んでいます。普通の本屋さんは出版社別に同じ色で並べているところが多いのですが、お客さんは出版社で本を買うわけではありません。うちのやり方のほうがむしろ一冊一冊を目で追えるんです。  うちでは取次店まかせの「配本」はほとんど受けていません。15坪の小さな店でもあり、テイストの合わない本は一冊たりとも置きたくないんです。業界用語でいう「平積み」、表紙を見せる「面陳」、棚に並べる「棚ざし」をうまく回転させることが店主の力量。植物と同じで、手入れを怠るとすぐに枯れてしまいます。農作業と同じ感覚なので、「棚を耕す」というふうに言っています。  去年は「ブックオカ」というイベントで、「けやき通り」の21店舗に参加してもらって開催した「一箱古本市」も大盛況でした。今後は、地域の魅力的なお店や人物を紹介するホームページにも、力を注いでいきたいと思っています。  売り上げは毎年順調に伸びていますが、アルバイトも3人雇っているし、まあ利益は推して知るべしというところですね。でも、身の丈で生きていくっていうんですか、背伸びをせず、自分の魂の慰めにもなるようなことで人に喜んでもらって、町といっしょに成長していける最高の仕事だと思います。