『暮らしの手帖』37号 (文・長尾智子)
近頃九州で見つけた、すてきなもの
「流れ者の住処」
以前、よく出かけて行った街に、旅先なのに、つい長居してしまう本屋さんがありました。少々のんびりした空気があったのは、繁華街からほんの少しはずれかけていたからなのか、お茶屋さんや紙の専門店、古いお菓子屋さんなどが並ぶ通りだったからなのか。それも大事ですが、要はきっと中身です。本屋は皆同じだ、なんて思ったらたぶんそれは間違いで、本来は店主の意思が表れているもの。服や雑貨と同じ、ある意味セレクトショップであるのが正しい姿なのだと思います。 福岡市の天神から西に、けやき並木の、その名も「けやき通り」という通りがあります。この辺りは、福岡市の中心部である博多、天神といったイメージとは違う、何やら歩く速度もゆるんできそうな並木道で、その先にあるのが「ブックスキューブリック」という書店です。店主の大井実さんは福岡出身ですが、京都、東京、ミラノ、東大阪、とまわった後、20年ぶりに戻った福岡でこの店を始めました。 長年、イベントや展覧会に関わってきた結果、一般に近い文化の窓口になるもの、一過性のイベントではない形である書店に行き着いたということです。いつも目にする本が並んでいるはずなのに、何かが違う。売り手の意思があるからでしょう、見慣れたはずの雑誌でさえ、印象が違ってくる不思議な風景がそこにはありました。けやき通りは独特な雰囲気があり、大井さん曰く「流れ者が集まる場所」、つまり、個人で独立したい人同士、ゆるやかなコミュニティで繋がっている場所になっているようです。 ブックスキューブリックは落ち着いたお店です。大井さん自身も、張り切りすぎず、街の本屋としてゆるさとこだわりのバランスよく、と言います。しかし、本を通してやりたいことは山ほどあるようで、実は内心、けっこう張り切っているようにも見えるのでした。