「Esquire(エスクァイア)」 06年1月号 (文・都築響一)
本屋を訪ねて遠くの町へ Vol.1 ブックスキューブリック(福岡)
「買い付けが自慢の街の本屋。」 都築響一
いま書店と美術館は、東京より地方のほうがはるかにおもしろいと、つくづく思う。品揃えが鋭くて、エネルギッシュな地方の書店を訪ねて歩く新連載の第1回目、福岡にブックスキューブリックを訪ねた。 天神からも遠くない、赤坂のけやき通りに面したキューブリックはセレクトショップのような店構え、わずか13坪の小さな本屋さんだ。入ってみると、ちょっと見、地方の上品な若奥様が好きそうで、つまり僕なんかには身の置き場のない場所のようだが、本のセレクトをチェックしてみると、これがなかなかシャープだ。量はけして多くないのに、選び方にスジが通っている。この「店主が全部読んで選びました」みたい感覚が、小さなお店にはいちばん大事なわけで、キューブリックではそれが店主の大井実さんのセンスである。 もともと東京でファッション関係の会社に勤めて、ファッションショーや現代美術の展覧会をプロデュースをするうちにイタリアに興味を持ち、会社を辞めて移住。彫刻家・安田侃(やすだかん)の仕事を手伝ったのち、ミラノで知りあった日本人の女流書道家から彼女の故郷大阪で能舞台を作った人を紹介され、野外能楽堂の運営に携わるようになる。それが書店経営に転身したのは「商売への憧れ」と、「特定の人だけを相手にしない」仕事がしたくなったからだという。 結婚を機に高校時代を過ごした福岡に戻った大井さんは、書店経営の実務を覚えるべく地元の大型書店で1年間“アルバイト”という名の修行に励んだ。面接では「本屋なんてやめたほうがいい」と説教され、年下のスタッフにこき使われながら、大手出版社や取次に支配される業界の独特のシステムを、初めて目の当たりにすることになる。 「天神には大型書店が集中しているし、郊外だとファミリー向けにせざるを得ないし」で、じっくり時間をかけて探したロケーションに店を開いたのが2001年4月(なので映画にちなんでキューブリック。)大人向けの店にしたかったから「コミック、アダルト、学習参考書」は置かない(だから万引きが少ない)。そして普通の書店のように大手取次ぎが送ってくる新刊をそのまま売るのではなく、書籍はこちらから注文したものだけを並べる。小さな店だからこそできるシステムだが、これなら返品も少なくてすむし、「なにが欲しいか」という地元のお客さんのニーズと、「こういうのを読んでほしい」という店側の提案で書棚を作っていくことができる。「ファッション業界では、地方のセレクトショップは顧客のニーズにあわせて買い付けをしてます。普通のやりかたなんですよね」と語るように、大井さんの他業種での経験が、慣習にとらわれないフレッシュな本の空間を生み出しているわけだ。 業界では普通じゃない、でも世間では普通の、気持ちいい商売がここにあった。