「朝日新聞」 2001年6月20日 「よか!」
忘れないあの言葉 「本屋は棚を耕す」
いまごろの季節、福岡市中央区赤坂の「けやき通り」は絶好の散歩道である。その濃い緑のケヤキ並木の一角に、大井実さん(40)の書店「ブックス・キューブリック」はある。 ぶらりと立ち寄った。この22日で、ちょうど開店2ヶ月になる。15坪(50平方メートル)ほどの広さで床は杉板だ。足を疲れさせないため、という。友達の書斎にいるような感じで、しばし本選びを楽しむ。 出版不況のなか、新刊書店は年に1000店以上が消えていくという。なのに、なぜいま書店を開いたのか・・・・・。
大井さんは、99年に約20年ぶりで福岡市に帰ってきた。 地元の高校から京都の大学に進み、卒業後は東京や大阪でイベント関係の仕事につき、この間に好きなイタリアに遊学もした。ここまでの経歴に書店経営との「接点」はない。 「街の本屋」への思いが膨らみ始めたのは、帰郷する前で大阪にいたころだ。そのころ、スポンサーの意向に左右されるイベントに、生きがいが薄れつつあった。もっと地道な土着性のある仕事がしてみたい。結論が本屋だった。 悩んだり、進路に迷ったりしたときはいつも本に指針を求めてきた。小学生のころは立ち読みしながら、新しい活字のにおいをかぐのが好きだった。そんなことも下地にあった。 帰郷して2年間。鳥取や東京などの各地にあるユニークな「街の本屋」を訪ね歩き、青写真を練った。福岡市の書店でアルバイトもした。こうして念願の開店にこぎ着けた。 「確かに経営の大変さはありますが、それはどんな仕事にもあることで、要は楽しいかどうか。いま楽しいです。」 開店の準備期間中、どこかで読んだ「本屋は棚を耕す」をモットーにする。「お客さんの新たな発見や発想の広がりにつながる、そして喜んでもらえる本の品ぞろえです。耕せば、それだけの収穫もある。農業のように土地に根ざした感じがあり、好きな言葉です。」 品ぞろえは取次店まかせではなく、ほとんど自分で選んで取り寄せる。インターネットでつながる全国ネットのオンライン書店にも加盟。注文の本が店にないときに利用する。 ちょっと変わった店名は、映画「2001年宇宙の旅」の監督にちなむ。大井さんも2001年から「本の旅」を始めたからだ。そして、目下「日々、本棚耕作中」である。