「フォーラム福岡」 2006年2月号
ブックスキューブリック店主 大井 実さん
町の本屋は棚を耕し、客は一緒に本棚をつくる
けやき通り(福岡市中央区)に15坪ほどの小さな町の本屋がある。その本棚の前に立つと、本が棚から存在感たっぷりに立ち上がってくることに驚く。
こんな本屋がある町は捨てたものじゃないと思う。
町の本屋は顔が見える商売
町の本屋の仕事は、まさに地域に密着した商店と同じで、棚に並んだ本を介して、店主の顔が見えればお客さんの顔も見えるという商売です。大型書店のように量でなく、提案する内容で勝負する。提案のない町の本屋は面白くも何ともないけれど、あり過ぎてもいけない。その塩梅、バランスが難しいのですが、お客さんの嗜好がわかった上での本揃え、コラボレーションしながら棚づくりをしていくと、双方がシンクロして来るんです。
提案は仮説→実験→検証を繰り返して棚が循環、新陳代謝していく。すると、本屋は生き生きして来るし、お客さんにも「いつ来ても変化があるぞ」と、楽しんでもらえます。店主の仕事は、棚の手入れを怠らない、庭師や農業従事者のようなものといえます。
文化を共有し伝達していく
本屋を始める前は、文化関係のイベントの仕事に携わっていたのですが、時間をかけてつくってもイベントは一回性の、そこに集まる限定された人としか共有できない。興味を同じくする人の共感を得るのは難しくないし、イベントは一種の虚業のようなもの。30歳を過ぎた頃、もっと地に足が着いた、興味がある人とない人のギャップを埋めるような、文化を伝達していける仕事がしたいと思ったんです。
独立して起業する。いろいろ考えました。もともと本屋が好き、本が大好きというのがあって、スペシャルで居心地のいい空間=本屋というのが出てきたのですが、調べれば調べるほど大変な選択肢であるのがわかった。でもその一方で、小さくてユニークな本屋も頑張っていた。そんな町の本屋を訪ね歩いて聞いて回った話が、大きな心の支えになりましたね。
高校卒業以来、20年振りの福岡で、本屋でアルバイトをしながら場所探しを始め、2年ちょっとかかって2001年4月に店をオープンしました。赤坂周辺は気になっていた場所で、けやき通り沿いのマンションの一階がたまたま見つかったのです。
地方都市の本屋としてできること
空間づくりにもこだわって、木の床、白熱灯の照明、音楽選びも大切な要素。書斎のイメージです。その中で、いかに本に出合ってもらうか。そして日々洪水のように押し寄せる情報を、町の本屋はどう調整していくか。入り口でチェックはしますが、大まかな方向性、緩やかなくくりだけ決めて、あまり刈り込まずに、後は楽しみながら選んでもらう。本にしても、内容から情報などを得るだけではなく、装丁や紙質や写真、インクの臭いなど五感を刺激するものですから。
あまり奇を衒わずに直球勝負で、若い人に古典などもきちんと奨め、盲点のように気づかなかった新しい世界へといざなえるよう棚をしっかりと耕す。地方都市の町の本屋としても、地域と一緒になってゆっくりとできるところから耕していければと思っています。