福岡・けやき通り & 箱崎の小さな本屋

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「書店経営」 2002年6月号 (文・永江朗)

うわさの個性派書店54 レポーター 永江朗

ライフスタイルからライフデザインへといざなう書店

 特定のジャンルに絞った専門店ではなく、かといってあらゆるジャンルをまんべんなく置く店でもない。いわば、ライフデザインのためのツールを集めた書店。特定のライフスタイルを押し付けるのではない。一人一人が自分で生活をデザインしていくとき知恵や知識を与えてくれる、そんな本を集めた書店。ブックスキューブリックとは、そういう書店だ。この店を開いた大井実さんに聞いた。

徒手空挙からはじめた小さな書店

 訪ねた4月22日は、ちょうどブックスキューブリックの開店1周年。2001年、大井さんと同店は、本の宇宙へと旅立った。福岡市の赤坂、けやき通り。繁華街であり、最近は大型書店の出店競争も激しい天神地区からは徒歩15分ほどの場所にある。付近にはアンティークショップやブティック、ヘアサロンなどが点在する、福岡市のなかでもとりわけハイセンスな街である。 「本屋をはじめようと思ったのは5年ぐらい前。大阪でイベント関係の仕事をやっていました。いずれ独立して何かやりたいと思っていましたが、それが何か、なかなかわからなかった。」

 考えた末にたどり着いたのが書店。書店業に関する本をたくさん読み、人に会った。多くの人はやめろと止めたが、なかには勇気を与えてくれる人もいた。思い切って会社を辞めた。ただし、そのときは北海道・札幌で店を持つ予定だった。それがなぜ福岡になったのかについては、1冊の小説が書けてしまうほどの波瀾万丈があったのだが、残念ながら省略。  書店でアルバイトをしながら店舗物件を探して歩いた。ヘトヘトに疲れ果てたころ、偶然見つけたのがこの店舗だった。  「バックヤードを含めて15坪、売り場は13坪半です。最初は不安だったんですが、意外と本は入るものですね、書籍だけで5000冊ぐらい入りました。私一人とスタッフ2人でやるにはちょうどいい。」  店舗は市内にインテリアデザインの事務所を持つ奥さんのデザイン。大井さんがこだわったのは書斎のような雰囲気だ。厚さ4センチの木材を使った木の床、落ち着いた照明、そして大きく開いた窓。  「商店は街との関係が大切です。なかでも書店は社会への窓。外から見ても心を動かされるようなファサードを大事にしたかった」と大井さんは言う。道路に向けて新刊雑誌がディスプレイされている。目をひくだけでなく、雑誌は毎日新しいものが出るから、「いま」を演出するのにも一役買っている。昼間見てもきれいな店舗だが、夜はこの窓を通してもっと目立つ。前を通るバスの車窓から見かけて思わず途中下車して立ち寄る客もいる。  入った右側には建築やデザイン、アート、音楽、絵本、などの書籍・雑誌が並ぶ。テーブルと椅子も置かれている。よく見ると椅子はヤコブセンの名作、セブン・チェアではないか。なんという贅沢。じつは奥さんのコレクションだ。「書籍から発想するのではなく、雑誌から発想する書店」と大井さんは言う。書籍と雑誌が関連づけられ、隣接して置かれている。

量とスピードと回転のバランス

 「品揃えは店主の個性が出ます。私の場合も自分の過去の体験が棚に出てきてしまう。スローライフやスローフードに関する本を集めた棚があるのも、私の体験から。大学時代を過ごした京都の街は、昔からスローライフなところですし。社会人になってしばらく住んだイタリアはスローフード発祥の地です。身体にしみこんだものはぬぐい取れない。お客さんに強要するつもりはないけど、こういう生き方もあると提案する本を並べたかった。」  そう、ディスプレイからも表示からも、押しつけがましさは一切ない。いささか素っ気無いぐらいにポツンと本が置かれている。だがこの「ポツン」が、かえって本の持つ力を発揮させる。  「大人向けの、考え方のヒントになる本を並べたかった。本は発想を広げるときのひとつの道具でいいじゃないか。私は本の至上主義者ではありません。どんな本も実用書であり、何かしら役に立つものだ、という読み方をしてきました。そういう意味で、ここにある本はすべて実用書です。役に立つ本、使える本を集めました。」  こうしたいわば「本のセレクトショップ」では、「新刊には頼らない」「新刊は追いかけない」と公言するところもあるが、キューブリックは違う。新刊もじつによく揃っているのだ。  「実際に本屋を始めてみると、新刊って楽しいんですね。それに、本好きのお客さんは、だいたいめぼしい既刊は見て知っている。見たこともない本でワクワクしてもらうには、ちゃんと新刊をチェックしなければいけない。」  イベント関連の仕事をする前には、アパレル業界にいたこともある。「商売はフレッシュさが大事」と断言する。  「平積みをどう変えていくかがとても難しい。思い入れのある本だからといって、売れるたびに補充するだけでは平積みは変わらない。どこかで見切っていかなければ、棚が停滞してしまう。かといって変えるスピードが速すぎるとお客さんが追いつかない。物理的な量とお客さんのスピードと商品の回転という3つのバランスを考えることが、小さな書店にとっては生命線。」  品揃えにメリハリを感じるのは、「置かない」と決めたものは置かないからだろう。この規模の書店にとっては稼ぎ頭であるコミックスやアダルト本がない。学参も置いてない。  「最初から決めていました。中高生が嫌いなんですね。万引きされるし、だらだらした格好を見るだけでムカつく(笑)。大人のしっかりした考え方をする人にサービスする本屋でありたい。  さて、取材した日の翌日からは2年目に突入だ。今後の課題と目標は、と聞くと、「徹底して客注重視」と大井さんは言う。電話、FAX、e-hon、ブックライナーを駆使して、速く確実に取り寄せる。やっぱり大きな本屋に行かないと、というお客さんの固定観念をひっくり返してやるのだ。

取材編集後記  ライフスタイルからライフデザインへ、という言葉は、じつは以前『BRUTUS』の斉藤和弘前編集長(現『ヴォーグ・ニッポン』社長兼編集長)から聞いたもの。キューブリックの棚を見て、それを具現化した書店が現れたのだと感動した。この棚は人々を自立へと促す。13坪半の店内がひとつの宇宙だ。キューブリックに行くこと、キューブリックの棚を眺めて歩くことが、すでに「宇宙の旅」である。