福岡・けやき通り&箱崎の小さな本屋 ブックスキューブリックIndependent Small Bookstore in Fukuoka since 2001

「ギャラリー・モリタ オーナー 森田俊一郎さん」 

 「物語のあるお店」のスタートにあたって、まず初めに訪れたのは、今年16年目を迎えるけやき通りの「ギャラリー・モリタ」。オーナーの森田俊一郎さんに、日常におけるアートの存在についてお話を伺った。 森田さんのセレクトによって様々な作家を紹介しているが、なかでもおすすめの作家を紹介してもらう。  (構成・文/小坂章子)

「直にふれて、感じること」

森田:美術の世界で問題なのは、美術に関わる人と、一般に流布される情報のギャップが余りにも大きいことです。いわさきちひろ展に訪れる人の多さに比べて、現代美術になると、その何分の一さえも来ない。いわさきちひろ展を本当にやりたいと思っている学芸員なんているのかな。僕は、自分の感じた直感や真実に従うのがアートだと思っているから、自分が思うベクトルに進んでいきたいですね。

ギャラリー・モリタ オーナー 森田俊一郎さん

大井:日本でアートが立ち後れたのは、国が経済に力をいれすぎた反動でしょうね。

森田:百年前のヨーロッパ、特に世紀末ウィーンの精神が参考になります。その時、彼らが見出した答えが、「芸術」だった。当時、ヨーロッパでは産業革命後、経済優先できたわけだけど、人々の心は病んでしまった。そういう人々の目を、芸術や自分の内面に向かわせることによって、夢や希望を与えるという取り組みがあった。つまり、芸術が社会に新しい生命を吹き込めると考えたんです。今の日本の場合、そういう方向に持っていこうにも政治家や官僚にそういうセンスがあるのだろうか。

 もっと同時代を生きる作家に目を向けようと、森田さんは熱を込めて話してくれた。

森田:生身の作家とそれを見る人々の間でドラマを作らなきゃ。アメリカでもヨーロッパでも絵画というものの需要の8割ぐらいは、今を生きている作家だと聞きます。日本では絵を買う側もアートをアートとして接しているわけじゃない気がする。アートとインテリアの違いも明確でない気がします。家具に調和するなんて感覚よりも、まわりの風景を一新するぐらいの迫力をアートに求めたい。ピカソやマチスも最初から有名だったわけではなくて、ヨーロッパの人々が育てていったんです。だからうちでは、スペインだろうが東京だろうが、必ず作家にここに来ていただき、生身のアーティストにふれてもらう機会を作るようにしています。その存在によって揺さぶり、揺さぶられたい。やっぱり、それを強調していきたいんです。

 同じ空間で同じ時間を過ごし、自分のカラダで体験して、実感する。人の評価に頼った感想ではなく、自分自身、感じること、気づくこと。それを大切にしていきたいと森田さんは考えている。 

「自分の夢、共有の価値観」

 自分の感性と責任であらゆるものごとに向かいあい、そのなかで生まれる自身の「物語」をつむいでいく、それが自分が自分として生きてる証であり、喜びなのだとふたりは話しはじめた。

大井:キーワードは、「物語」じゃないかなと思うんです。結局、若い人たちのひきこもりや自殺が増えているというのも、自分の物語を作れない人たち、自分が生きている意味がまったく感じられない、「物語」というものに無意識な人たちが増えてきているからだと思います。本当は、人それぞれに小さいながらもストーリーがあるのに、それに目を向けられない。

森田:そう、「物語」ですよ。自分の中で「物語」を作っていかないと。今、若者たちがネットを通じて集団自殺とかするでしょ。それは社会が苦しいのではなくて、夢を持てないから、「物語」が作れないからだと思う。 

 結局、惰性的な毎日に決別し、新たな世界に踏み出す勇気もない。人との交流もうまくいかない。だから、ひきこもる。だけどね、たった一人でも自分のことをわかってくれる人がいるだけで、どんなに勇気づけられるか。価値観を共有することは重要です。画廊という空間は「作品」という強烈な価値観を発している。その価値観を同じくする人が訪れるわけです。共有する価値観を持つからこそ、同じ夢を見ることができる。そんな人たちが画廊の大きなテーブルを囲んで語り合うんです。
ギャラリー・モリタ オーナー 森田俊一郎さん
 つい最近も、うちに九州大学の男子学生が来たんだけど、親や先生が望むようになったものの自分の夢を持てないわけですよ。そんな時、ここでイスラエルから来た舞踏団と出会ったんです。そして「踊る」という行為が彼にとって「生きている」というリアリティをはっきりと感じさせたんだと思う。それから彼は、大学を休学して3ヶ月間バイトをして、今年の一月にイスラエルまで行っちゃった。ストイックに頑張って、今度イギリス公演に出るらしいです。もし、そういう子に自殺しろって言ってもナンセンスでしょう。だから、今、みんな画一化されて、何かにあてはめられてるけれど恐ろしいことだよね。僕らの世代も画一化されてきたところがあるけど、自分の価値観を持って生きている大人がまわりにいるだけで、随分と違うと思うな。  

「絵と自分の間に生まれるもの」

 夢を追いかけ、自分の道を歩んでいく。そんな人々が増えることで、街は活気づいていくはず。だからこそ、オリジナルな自分だけのブランドを作っているオーナー達の「物語」を伺うことは、きっと大きな意味があるはずと大井さん。そこには、"共鳴する人たちを自力で引っ張り込む"チカラがある。

森田:自分というものを信じられないから、いわゆるメジャーなブランドに頼っちゃうわけでしょ。うちに来る若い人達には、一目でブランド物とわかる格好をしている人っていないんですよ。こんな服着てるって子が、実はたくさんの絵を持っているなんてね。自己の内面を磨き、自分の人生をいかに美しく生きようかって考える人たちとって、外的に繕うことはそれ程重要でない気がする。そういう子たちと、ここで対話しているから、たまに天神なんかに行くと妙なギャップを感じる。まだ若いのに化粧に頼って、自分でない誰かを演じちゃっているような。もっと内面を磨いて、自分を作っていくということに目を向けてほしい。

 アートだって、結局そう。絵が物語るのではなくて、絵と自分との間に「物語」が生まれるんですよ。でもその「物語」というのは、絵が語るわけじゃないから、自分の内面が変化するたびに、たくさんのストーリーが生まれていくわけ。でも多くの人にとって内発するイメージが少ないから、一方通行で完結するテレビに頼るしかない。テレビを見ることって受動的なんです。絵を見ることは能動的な自分が必要なんです。だから自分が成長すればする程楽しめる。だから、絵を通して自分の内面を輝かせて欲しいですね。

大井:それと、自分で作る「物語」が大事なんだよって言ってくれる人が、まわりにいないというのも大きいです。

森田:結局、アートというのは人と違うというところから生まれるもの。でも現代社会の中では、人と違うことが尊重されるどころか、恐怖心さえ与えちゃうような風潮じゃない。それって、社会が病んでいるということ。

大井:「勝ち組、負け組」という言葉が主流になるくらいですからね。そういうことについて書かれている本を読んでみると、やはりどう考えても今後ますます格差社会になっていくと思えます。でも大切なのは、上にいくことばかりを目指すのではなく、自分のいる環境のなかで、どうやって毎日を充実させていけるかどうか。そういう価値観もあるんだよということを、みんなで認識していかないと、これからも自殺はどんどん増えていくでしょう。
 その点、アートなんかは、とてもいいと思うんです。アートは心を豊かにするもの、収入だとか社会的地位などを超えた精神的なものだから。100%競争社会だったら、負けたらそこで終わりですが、文化やアートにもっと意味を見出すような社会になればいいですね。成熟していけば、どこかでアメリカ型の社会は行き詰まるしかないわけですし。

森田:やはり、アメリカ的なものがあまりにも入りすぎちゃいましたね、この国は。今、斉藤徹さんと一緒に活動してきたミュージシャンのミシェル・ドネダ氏は、故郷のフランスに帰ってマクドナルドかケンタッキーの店の前で、子供達といっしょに楽器でガチャガチャ邪魔をしているらしい。日本で当たり前のように受け入れられるものが、自分たちのオリジナリティがしっかりしている国では、私たち日本人が気にならなくなってしまったものでさえ苛立っちゃうわけです。

 人と違うことが怖くて、すぐに誰かと足並み揃えてしまう。けれど、人と比べ、自分を制限するところからは何も生まれないのだ。だから、もっと自分に自信を持って、見つめてあげよう。  

「アートを日常に」

 今、森田さんが興味を抱いているのは、ホームページから本になっていったりする出版のスタイルだという。いつか「絵を愛し、求める女性たち」「画廊を訪れる人たち」という視点で、一冊つくれないかなあと考えている。

森田:いつでしたっけ「アルネ」って雑誌に、ロビーやすべての部屋にアーティストの作品を飾っている高知県のホテル「セブンデイズホテル」が出ていましたね。

大井:「アルネ」は、大橋歩さんが一人でやっているプライベートマガジンだけど高いと思わせない。一号あたりうちみたいな小さな店でも百册近くは出ますが、あれはちょっとした事件です。大手メディアがずっと積み上げてきたものをあざ笑うかのように登場しましたから。普通、一般の雑誌で百冊売れるものなんて、まずない。バーコードも入ってない、取次も通してない、そういう雑誌でも内容しだいで売れちゃうんです。

森田:今、画廊では、日常の何気ないところでアートと触れあう機会を提案したいと考えているんです。同じけやき通りの「川崎内科胃腸科クリニック」もそうだし、「カフェ・ド・カッファ」も、うちのアーティストを提案し、展示しています。日常の何気ないところにアートと出会うチャンスをつくりたい。熊本のお菓子屋さんのパッケージや内装、また、あるレストランのドレッシングのシールやCDの自主レーベルを作ったりもしました。ドレッシングの絵をお願いした掘越千秋さんとは、もう10年以上のつきあいになりますね。スペイン在住の掘越さんは絵描きとしてだけじゃなくて、フラメンコの唄であるカンテの歌い手でもあります。その関係で「アフィシオンレコード」というレーベル会社を作りました。カンテ界では知る人ぞ知る「アグヘタファミリー」ということで、本場マドリッドでも売られています。スペインの本国でもかなり知られたファミリーなんです。だから、大袈裟な言い方ではなくて、間口は狭いけれど本家ほんまもんというか。ホームページにものせて、外国でも流通するようにしています。
ギャラリー・モリタ オーナー 森田俊一郎さん
 普通の画廊の域を超え、様々なシーンでアートと日常を結ぶプロデュースを展開する森田さん。そのバイタリティに大井さんも刺激を受けている。  

「自分への、コンセプトへの愛情」

 自分の道を貫くことは、とても勇気がいる。けれど、そこにしか本当に自分自身が輝ける世界はないということも、心ではとっくに分かっている。大事なのは、はじめの一歩を踏み出す気持ち。

大井:ところで、今、戦後にたくさんいたコレクターの方がどんどん減っていますよね。

森田:美術が好きだという人の場合、自然に育まれた環境ってあると思うんですよ。いい音楽が流れているとか、素敵な絵が簡単に見れるとか、何かそういうものがあればいいけど、今の日本にそんな所って少ないでしょう。どこ行ってもゲームセンターやらパチンコやさんと、どう違うのって空間ばかり。

 例えば、このお菓子のパッケージの仕事だって、最初から生まれたわけじゃなかったんですよ。素敵な社長がいるからって紹介していただいた時、ショップの2階がカフェになっていて、そこで話したわけ。社長から『この空間をどう思いますか』と聞かれたので、ストレートに『居心地が悪いです』と言ったんです。だって僕にとって本当に居心地の良い空間というのは、いかに一枚の「絵」や一点の「彫刻」を引き立たせるかということだから。ところが、壁のクロスはどうでもいいようなデザイン、そんなデザインだから、いかにも予算合わせっていうポスター貼って、あげくのはてホコリだらけのイミテーションの造花が置いてある。僕から言わせると、偽者の花を生けている、イコールお菓子も偽者と言っているようなものなんです。この国の消費者はそこまで厳しく見ないけれど...、もっとオリジナリティを出すべきだし、オリジナリティこそ「アート」なのですという話をしたら、じゃあ、なんとかしてくれませんか、ということで知り合いの大工と全部壁をはがしてペンキを塗って、朝までかかって改装しちゃいました。

ギャラリー・モリタ オーナー 森田俊一郎さん

 「川崎胃腸科内科クリニック」にしても、けっして立地が好いわけじゃない。だけど、他とは違ったアートを中心とした空間は院長先生のセンスが良く現われている。お医者さんの資質ってどこの大学を出てるとか、何歳なのかなんていうことよりまずセンスでしょう。あそこまでアートが好きで、絵の気持ちがわかるってことは、生きた人間の気持ちや精神状態はもっと診れるはず。病院内に置いてある本もちゃんとカバーして、置く場所まで考えている。そういう医者がいい診察をしないわけがない。日本人はもっとそういう感性や直感に頼って、人を見て、選んでいっていいんじゃのでしょうか。結局、お医者さん選びだって、この人と食事したいかどうかってことでしょう?。そう思えるお医者さんに診てもらうべきだし、本屋さんだってそうでしょう。芸術は画廊の中だけではないはず。お医者さんだって、本屋さんにしたって、アーティストもいれば、商売人もいるってことですよ。だから、これから本当に必要なのは、自分がやっていることへの愛情なんですよね。
 「ブックスキューブリック」は大井さんにしても、スタッフの方たちもみな、本当に本を愛しているんだなと感じさせてくれます。自分が本当に惚れ込んだものを人に伝えるってことは、お互い幸せなことですよね。 

「自分の物差しを磨いていく」

 生業としていることへの愛情が感じらないお店が急増し、画一化された大型店が増えている世の中。こんな時代だからこそ、個人オーナーの頑張りが必要なのだと大井さんはいう。

森田:個人オーナーっていうのは、個人の感情が出せる。今はインターネットという手段があるから、個人の思想や感情がそのままストレートに伝わる時代でもある。

大井:だから大きな企業で嘘をついている企業は、ばれやすくなっていますね。「アルネ」が受ける時代というのも、可能性を感じるんです。これからは、個人印の嘘のない商品が注目を集めると思う。

アルネ

森田:絵に関してもすごく感じるんだけど、もう大人達、嘘をやめようよという若者達の声がある。芸術作品って、たとえ1円でも出しちゃいけないものもあれば、1億円でも安いというものもあるんです。じゃあ、その価値判断を相手に任せるのか、自分で選びとる目を養うのか。今は、自分の物差しを持つ人が少ないから、全部他人やメディア任せになる。そういう自分の物差しをつくったら、価値観って随分変わるんじゃないかなと思います。音楽にしても、一度本物を知ったら、今まで何の気なしに行っていたライブが、ある瞬間から受け入れられない自分に気がつく時があります。それって、もしかしたら成長って言えるのかもしれない。

大井:僕も大阪でアート関係の仕事をやっていたんですが、日本の場合、いいアートに触れる機会が少なすぎるから比べる材料がない。例えば、少しでもジャズを聴いていたら、ああこれはこのレベルだなとか、これはすごいとか分かると思うんですけど、ちゃんと見たり聴いたりしたことがないから分からない。圧倒的に機会が少ないという状況を何とかしなくてはと思います。

森田:ただ惰性的に毎日を送るのでなく、昨日とは違う新しい明日に出会うのだという生き方からこそ、一流のジャズや展覧会をキャッチすることが可能なのだと思う。だから出会いは偶然ではなく必然なのだと。人と同じもの着て、同じもの作って、同じものを食べて、そんなことでアートなんか生まれないからね。だけど、今ようやく社会というのは、人と違うオリジナリティという価値観に気づき始めた。だから、まずは今までの自分とは違った異質な世界にどんどん飛び込んで、新しい自分と向きあわせる習慣をつけていくことが大切。画廊に来られるのは、女性が比較的多いんだけど、常に好奇心でいっぱいですよ。画廊は新たな世界に飛び出す扉です。何かを求める人にとって、とても大切な場になると思います。  

「絵を買うという行為」

 「自分の好きな絵を買う」という経験がある人は、まだまだ少ない。しかし、なかでも男性より女性の方が思いきりがいいようで。

大井:女性の方が敏感ですよね。スローライフ系という新しい流れも出てきていますし。

森田:「絵を買う」という行為は、今の日本の中ではお金持ちの道楽的な要素が強かったりするんだけど、ほとんどの人にとって絵を買う自分というのは、今までの自分にはない姿なわけでしょう。でも、ある瞬間、どうしても自分のものにしたい、他人に奪われたくないっていう衝動が生まれるんです。その時忠実に自分の魂の赴くところに飛び込んでしまうエネルギーは、女性の方が断然強いね。もうひとつ女性ですごいなと思うのは、仕事をやめたからとか大学をやめたからといって絵を買っていく。あれは男にはない感覚だね。男はね、弱くなっちゃう。ここにいると女性と男性の本質的な違いがすごくよくわかります。

大井:女性の方が動物的、男性は社会的な性という気がしますね。

森田:こういう絵にふれるとか、音楽にふれるという感覚は、動物的・獣的なんですよ。社会的なところが強いと、例えば明日は仕事があるからライブに行けないとか、そういう本来、人間が持っている直感や本能みたいなものを信じて生きている人の感覚と、社会にならされている人の感覚というのは、本当に違います。僕はもっともっと自分の持つ本能的な直感を、アートによって呼び覚まして欲しい。アートって高尚なものにとらえられがちだけど、それだけじゃない。もっと身近なものとしての役割があると思います。結局、アートというのは、未知の世界に入って、感じれば感じるほどもっと奥深いものを与えてくれるものだから。(終)
ギャラリー・モリタ オーナー 森田俊一郎さん

 アートを普段の暮らしにとけこませたい。そうすることで自分の感性を磨き、直感を信じて行動する勇気がうまれる。絵を買うという行為には、そんな原始的な意味が込められているように感じた。森田さんは、これからもさまざまなアプローチを通して、アートと人、アートと生活をプロデュースしていくだろう。画廊に行ったことがなくても、ぶらりと気軽に訪ねてみよう。横幅119cmのテーブルに見知らぬ人と向かい合い、絵のある空間にひとり佇んだ時、一体どんな気持ちを抱くのか。心に芽生える新しい自分との出会い、それがいちばんの楽しみだ。 

「ギャラリー・モリタ」の紹介
1991年福岡市中央区けやき通りに誕生。西洋でも東洋でもなく、伝統でも現代でもない、ジャンルというカテゴリーをも飛び越え、ただ現代を生き抜く生身のアーティストたちの自由な表現の可能性を紹介する刺激的で創造的な展開がうまれる空間。画廊という枠を超え、日常におけるアートやアーティストの可能性を広げていく活動は、絵、音楽、インテリアなど多岐にわたる。

ギャラリー・モリタ ホームページ
http://www.g-morita.com/html/top.html

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