福岡・けやき通り&箱崎の小さな本屋 ブックスキューブリックIndependent Small Bookstore in Fukuoka since 2001

第6回「ワンダー&セレニティ」

灯油残量を示すメーターは限りなくゼロに近い。
友人によれば「明日からは九州が始まって以来の大寒波が襲ってくる」という。九州大陸がいつどのように成立したかは知らないが、そんなスケールのでかい寒波が?なにか決定的な箇所が省略された情報だろうが、憂うよりも備えたい、なんせ我が家はさぁ、、、ブツくさ思いながら灯油タンクをチャリかごに突っ込む。
通りへ出ると、んっ?なんだかいつもの寂し〜い感じではなく活気といってよいのか、うん言ってもよいだろう、そんな空気が漲って、、まではいかないが漂っており、行き交う人々は慌しくもどこかワクッとした面持ちで、大量の荷物を手に挨拶を交わし合っている。その横をすり抜け、目指すは三号線のGS。いつもの路地にはクリアーで強烈な冷気、古い家々がいつになく清々しく見える。耳が痛い指先が辛い。ピュッと切れそうな風の音に見上げたベランダには洗濯物がゆれていた。キンキンの空気と透明な光に包まれて、柔らかに真っ白に。
箱崎life-写真.JPG
年の瀬あたりからの独特の空気感に「あぁまた正月きたなぁ、、、」と肌で感じる今日この頃。当たり前ですが、昨年2010年もいろんなことがありました、起こりました。ま、ここは箱崎LIFEというタイトルをもらっているので日々の生活ってことで考えてみますとやはり引越し、これが2010の個人的ハイライトでしょう。つまり、このコーナーの3回目に書いたSO暮らしにピリオドを打ち−ある意味での修行時代を終え−久々の一軒家生活が始まったわけです。
以前吉祥寺で徒歩20秒くらいの引越しをした事がありますが、今回も負けず劣らず30秒くらいのお引越し。しかしその30秒間には荘から一軒家への飛躍があり、ふふっフレッシュな生活が待っているだろうことは保障されたようなものだぁね、と思っておりました。
で結論から申し上げますれば、、、フレッシュというよりも驚きワンダーの連続でした。

最初にこの家を見たのは友人の家探しに同行したときのこと。広いなぁ、という以外はとりたてて特徴のない中途半端に古い家ってくらいな印象だったろうか。
ただ坪庭といえば聞こえはいいが、隣のマンションとの境に残されたちょっとした空スペースがあり、ここにお稲荷さんが祀ってあられる。ただでさえ狭いその空間に60%くらいの割合(存在感としては85%超)を占めているために、また簡易的な拵えではなく、しっかりと大きな石を積み上げた土台から構築されているために、なかなか強烈な効き目を感じたのを憶えている。
結局1人住まいの友人は「広すぎる」という理由で別の物件を選択、その後も借り手が見つからなかったようで、家賃も下がるって事だしちょうど引越し考えてたし、自分が住んだらどうよって事で改めて下見へ行ったのが真夏の頃。数ヶ月ぶりに訪れて感じたのは、やはりお稲荷さん効果による気の流れのよさからか、特別どこが良いっていうポイントがあるわけではないのに妙に落ち着く居心地のよさ。しかし、このお稲荷さんがために借り手が決まらなかったらしく、昨今すっかり定着したスピリチュアルブームでわざわざ遠くの神社まで参拝に出向く人も多いというのに不可思議なことだ、と世の複雑さを想いつつ、よっしゃと引越しを決意しました。
だって神社付き物件なんてそう巡り会えるものでないし、ほら早速家賃も下がるっていうし、まさしくご利益ラッキーありがとう、ってお稲荷さんに手を合わせて、もうトントンにスムーズな流れだったのです、ここまでは。

さて引越しに向けて。
今回は掃除から全て自分達でやるという条件のもと、初期費用をググッと抑えてもらい、さらに好きなように改装させてもらうという作戦でいきました。大家さんのご好意もあり、契約日のかなり前から鍵をいただき、まずは掃除から入ったわけですが、、、これが手強かった。
まず第1の敵はその広さ。以前は子沢山の家族が住んでいたというだけあって、さすがに広い。単純に拭き掃除1つとっても×床(壁)面積なんだという当然の事実が骨身に沁み入る。まぁしかし、それはちょっとした見積もりミス程度。最大の敵は前住人の残した痕跡で、これがまさしく負の遺産として立ちはだかってきたわけです。
例えば、古い家だし壁には釘なんかが刺さったまんまになってますよね、そりゃあ仕方ないです。で、一応抜いておこうってことで抜き始めるたらコレがことごとくに長くかつ太い。そして数もハンパない。いったい何寸釘と呼べばよいのか、極太極長の釘がそこかしこに、しかも壁から出ているのは残り僅かってくらいまでしっかりと打ち込んである。こんなちょっとしか出さないなら、初めから短い釘を使ってくれたらよいものを、、、、
加えて彼等ファミリーは無類のTV好きだったらしく、ほぼすべての部屋にTVケーブルが張り巡らせており、もちろんこのケーブルもゆったり大きめサイズの金具でしっかりと厳重に打ち据えておられる。なんと几帳面な性格かと思いたいが、しかしそのケーブルは壁を縦横無尽というかにラフにルーズに這い回っているような状態で、つまり彼等は見た目はどうでもよいが、絶対に落ちてほしくない、外れるのは嫌なんじゃ不安なんじゃ、という1点においてのみ病的こだわる性分だったのでしょう。
初めこそ「この丁寧なようでテキトーな仕事ぶりから、人のよさが伝わってきますな♪」なんて言ってる余裕があったものの、終いには「この偏執狂のサイコ野郎に抜いた釘とケーブル束にして送りつけてやる!」と宣言してまわるほどに追い込まれた。This is War。これは未だ見ぬ敵との孤独な戦争だ。
続いて向かった台所も「やっぱりね」の難攻不落ぷり。当初薄暗いなかで見たときは、この床、微妙な中間色ですな?って思っていたのは、油汚れの層が蓄積した色味でありました。TVと同じくらい揚げ物大好き家族だったのだろうか、通常の強力洗剤では全くもって歯が立たない。けっきょく外国製の超強力クリーナ+ゲキ落ちパパの組み合わせでどうにか克服するも、いったいどれだけのゲキ落ちパパが犠牲になったことだろう。
さらには、押入れなどダニや湿気が好みそうな場所には、ことごとくジュータンが貼り付けてあり、これでは文字通りダニの温床である。なぜにこんな事を?理解不能ながらも暴力的に引っ剥がしていくと今度はボンドの跡が顔を出す。もちろん大量のボンドを使用した事がうかがわれる徹底的な頑固さで。
絶望と焦燥に心が折れそうになる。しかし聞けば彼等は長崎に引っ越したという。ナガサキ?大好きな街だ。今この瞬間にも彼らは100万ドルの夜景をバックに、緩みきった表情で揚げ物をほおばりTVを見ているのだ。その理不尽さを想うと折れかけた心に再び芯が入る。This is the Holy War。サイコ野郎に屈するわけにはいかない。
高性能防塵マスクを装着し、身体に害がありまくりそうな液体をはじめとした、あらゆるプロフェッショナル用の道具を投入、剥ぎ取りやすり取りこそぎ取りまくり。大量の有害物質を家中に飛散させながらも、どうにかこれを殲滅した。
その後も風呂、トイレ、階段などでことごとく激戦を繰り広げた末に、ようやく基本のキであるところの掃除を終えた、、、、

ここからようやく改装作業に入り、ペンキを塗ったり床を張ったりの大仕事。もちろんここでもいろいろあったのですが、きりがないので1つだけ。
畳を取り払い床を張る際に掘り炬燵の跡が出てきて驚きつつも、観察すればどうも付け足された様子。つまり掘り炬燵時代のさらに前があったという事で2重に驚き、その事を大家さんに告げると「まぁ百年は経ってる家だからねぇ」ってサラッと言われて、ほえ?っと驚愕。タイショーorMEIJI?えっ、でもですよ築百年の古民家っていうと、もうちょっとこう風情っていうか趣?そんなんがありそうなもんですよね。あっ、でもでもそう言われてみれば所々足首に負荷がかかるほどに斜めってる床の傾斜具合とか、屋内のありえない所から大地が見えてしまってたりするのとかは合点がいっちゃいますね。そっかそのせいだったのか、百年ですものね仕方ないですよね、と妙なところに納得。
歴代住人のざっくばらんな性分で上塗りされてきた改装のためか、百年の重みは控えめに引っ込んではいるが、確かに所々に味の出まくっている柱や梁が顔を出している。これならリフォームされたチープでこだわり度ゼロな素材−例えば木目調の化粧版やフローリング風ビニールシートや花柄の天井など−を取り払うと、さぞやいい空間になるだろう。よし、そうしよう。
そんな事を夢想しつつ、ようやく引越したのは秋の始まり、方生会初日の朝でした。

あれから4ヶ月、あの激戦が幻だったかのような穏やかな年末年始を過ごした。結局、上塗りされたリフォーム部分は以前の状態で残ったまま。今現在それらを取り払う気はもうない。
少しづつ気付いていった事だが、そのチープな質感達は小学校時代に遊んだ友達の部屋のそれであり、おじいちゃんの家の薄暗い廊下であり、幼い日に見上げていた天井であった。完全に忘れていたそんな光景が、ふとした拍子にいろんな手触りや声や匂いを伴なって甦ってくるのだ。その時代時代の流行だったのであろうそれらの素材は、代々この家に住んできた人達の暮らしや想いの名残であり、百年前の柱なんかと同等にこの家の豊かさを支えているように思える。当初から変わらずに感じている説明不可能な居心地のよさ、その理由もきっとこんなところにあるのだろう。
住み始めてからも、風呂が今どきぃ?な灯油式だったり、ずっと気になっていた開かずの扉の向こうには古いフランス人形達が眠っている事が発覚したりと、なかなかワンダーな日々ですが、それらの驚きは心を千々に乱す類のものではなく、むしろ穏やかな状態と不可分な要素だと感じている毎日です。
なにせSOでの修行を経ている自分はちょっとの事ではビクともしません。この寒空の下、風呂に入るためにママチャリで灯油18リッターを買いに行くくらいの事は、なんぼのもんぞって感じですよ。
ワンダー&セレニティ、、、大好きな音楽家が教えてくれた大切なこと。きっとこの家からもいろいろな教えを請う事になりそうです。
さあ、今日もお稲荷さんにポンポンと手を合わせて、どうぞ2011年もよろしくお願いいたします。

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